大喜利ポエム#005「高田純次・串かつ・石けん」

反 省 文


私、山田田町は昨晩、自宅にて焼酎を大量に飲み前後不覚になりました。大量のアルコール摂取の後、上機嫌なケモノのようになった私は奇声をあげながらシーツや包丁等、投げられるものを全て投げた挙句、京都に住む失業中の森田先輩に電話をして、かなりうざ目にからみました。満足した私はその後投げる為に服を脱ぎ、それら全てを洗濯機に投げ込みました。身の回りの物を全て投げ終えて全裸になった私は満足し、ベッドで意識を失いました。

気付いたのは朝になります。28歳にしてこのような乱痴気騒ぎをし、周囲に大きな不快感を与えてしまいましたことを深く反省し、今これを書いている次第です。


全ての原因は、お酒の力を借りないとポエムが書けないという私の強迫観念でした。創作というのはとても楽しい活動であると同時に、血を吐くような苦しい行為でもあるのです。例え辺境であっても文学に身を置く者として、私は常々この体を壊してでもあと1文字、あと1行でも書いてから死にたいと考えています。昨晩もお酒で神経を研ぎ澄まし、私が普段持ち得ない想像力をお酒の向こう側にある世界に委ねたことを否定しませんし、これまで実際そのようにして書いてきたものも多くあります。

しかし昨晩は違いました。おや、今日はなんだかおかしいな、いま私はとても楽しい気分だぞ、などと虚ろに思ったときには既にもうダメになっており、気づいた時にはもう手遅れになっていたのです。

あなたは私のことを酒を飲まないとまともに文章すら作れないダメな人間と思うかもしれません。いい訳かも知れませんが、今回のポエム課題が私には重すぎたのです。高田純次というキーワードを友人から聞いた時、とても手に負える代物ではないと確信しました。しかし私はやらねばなりません。高田純次と言われて私が考えていた話は以下の通りです。今回の小説を仕上げる為、私は北九州にいた頃を思い出しました。冬の九州の海は純愛を語るはとてもいいと考えていたのです。北九州を舞台として私は高田純次との幻想的なストーリィが書けると考えておりました。


しかし、それは簡単に裏切られました。私に高田純次を表現することは不可能でした。より正確に言うと、私は1文字すら高田純次について言葉にすることができなかったのです。そうして私は気づいた時、1本の焼酎をまるまる飲みきっていたのです。


串かつは効果的な小道具になるはずでした。串かつは私がロールキャベツの次に好きな食べ物ですし、大阪環状線はもちろん、山手線のあらゆる駅で私はベストな串かつ店を挙げることができます。つまり私は最適なタイミングで最適な串かつをいつでも食べることが出来る状態にあるといえます。

石けん、彼と過ごした日常になくてはならないものです。私はかなり石けんを串、いや、駆使してそういったことを行う方の人間でしたし、私は高田純次との石けん遊びについて息を呑むような美しさで書く自信すらありました。

でもそれは永遠に叶わなかったのです。結局私と高田純次との関係はまさに幻想でしたし、何もないという事実以外に事実はありません。



思い起こせば酒で失敗することはこれまでも度々ありました。学生時代、郵便ポストに海老を入れると楽しいと考え熱心に海老をポストに口移ししていた所補導沙汰になったり、ちびまる子のマネをして友人を苛立たせ、胸ぐらをつかまれキュウキュウされたりと本当にろくなことがありませんでした。分かっていながら今回このようなことを行ったことを深く反省しております。もう飲尿療法と称して小水ぶっかけを強要したりもしません。

今後はこのような重大な過失を、二度と繰り返さないように決意したいと思います。関係者の皆様にはご迷惑をおかけして、まことに申し訳ございませんでした。


2009 年 2 月 2 日
山田田町